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コラム連載 ・ 視鬼

【視鬼のコラム】「ポイント」「〇〇%還元」に釣られ、要らぬ物まで買い込むそなたへ

その「お得」は、そなたに銭を使わせるために撒かれた餌じゃ

コラム連載
視鬼畏怖・警告ろうそくの火のむこうから、目をそらしたくなる本質を鋭く突く警告の語り手。主な発信:TikTok ・ プロフィールを見る →

視鬼(しき)じゃ。今日は、そなたが「賢い立ち回り」と信じて疑わぬ、あの習いの話をする。――「ポイント二十倍」「五千円分、還元」「あと千円のお買い上げで、ポイントアップ」。その甘い響きを見た途端、そなたの指は、また一つ、二つと、要りもせぬ品を、かごへ放り込む。「どうせ買うなら、得なほうを」「あと少しで、もっと貯まる」。そうして、レジを通り、家に帰り、あとで冷静に数えてみれば――貯まったポイントより、要らぬ物に出て行った銭のほうが、ずっと多い。「はて、わしは、得をしたのか、損をしたのか」。見覚えは、ないか。今日わしは、甘い言葉を暴くのではない。そなたと一緒に、静かに“算盤(そろばん)”を弾いてやろうと思う。その「お得」で、そなたがいったい何を得て、何を差し出しておるのか。数字は、嘘をつかぬ。弾いてみれば、そなたの「得したつもり」の、その裏側が、はっきりと浮かび上がるはずじゃ。耳が痛いのは承知の上。じゃが、痛むところにこそ、そなたが自分の財布を、自分の手に取り戻す鍵が隠れておるのじゃ。

この記事のポイント・「ポイント」「〇〇%還元」に釣られ、要らぬ物まで買い込んでしまう人へ、その正体を鋭く突くコラムです
・「お得」の甘い響きが、そなたに“よけいな出費”を促す仕掛けであることを暴きます
・厳しい言葉のなかに、救いを込めています。ポイントを賢く使うことまでは否定しません
・本コラムは縁起・言い伝えをもとにした読みものです

視鬼畏怖・警告

今日は、そなたが「賢く得をしておる」と信じて、せっせと集めておる、あの「ポイント」の話をする。得を取りにいく――それ自体は、悪いことではない。じゃがな、その「お得」を追いかけるうちに、そなたが、いつのまにか“使わされて”おるとしたら。聞かずに済ませられるか。よう聞いておくれ。

まず、算盤を弾いてみよ――そのポイント、いくら「得」しておる

甘い言葉を並べる前に、いきなり、算盤を弾こう。――そなたが、この前、「五千円以上で、ポイント二十倍」の札に釣られて足した、あの“もう一品”。あれは、いくらだった。そして、その二十倍で、そなたが得たポイントは、締めて、いくらぶんだったか。

たいていは、こうよ。二十倍のために足した品が、千円。そのおかげで増えたポイントが、せいぜい百円か、二百円ぶん。――さあ、算盤の玉を、動かしてみよ。そなたは、二百円を得るために、千円を、まるまる使うたのじゃ。足さねば、その千円は、そっくり懐に残っておった。「得をした」という顔をして、そなたは、しっかり八百円、身銭を切っておる。これが、「お得」の、いちばん巧妙なからくりよ。店は、そなたに“得をした気分”という餌だけを与え、その裏で、はるかに大きな出費を、そっと引き出す。

そなたは、店が、なんの得もなく、そなたに銭を配ると思うか。ありはせぬ。ポイントも還元も、そのおおもとは、店の儲けから逆算して、きっちり“元が取れる”ように撒かれておる。つまり――そなたが「得をした」と喜んでおる、まさにその瞬間、店の算盤の上では、ちゃんと店が“得をする”ように、玉が弾かれておるのよ。まず、この一事を、腹に据えよ。「お得」とは、店からの施しではない。店の算盤の上で、そなたに、より多く使わせるために撒かれた「餌」じゃ。

ポイントとは、そなたを店に縛る「鎖」じゃ

ポイントの、もう一つの顔を暴いておこう。あれは、ただの“おまけ”ではない。そなたを、その店に縛りつけておく「鎖」じゃ。

考えてもみよ。ポイントが貯まりはじめると、そなたは、どうなる。「せっかく貯めておるのだから、次も、この店で買おう」となる。よそに、もっと良い品、もっと安い品があっても、「ポイントが散らばるのはもったいない」と、わざわざ同じ店へ戻る。――これが、店の、まことの狙いよ。ポイントという鎖で、そなたを一つの店に繋ぎ、他所へ行かせぬ。品の良さで選ばれるのではなく、「貯めた鎖から離れられぬ」という理由で、そなたを通い続けさせる。そなたは、賢く得をしておるつもりで、いつのまにか、その店の“囲い”の中で、飼われておるのじゃ。

これは、そなたが愚かだからではない。「損をしたくない」「もったいない」というのは、人なら誰しも持つ、当たり前の心じゃ。売る者は、その心に、ポイントという鎖を、そっと巻きつける。じゃがな、その鎖に繋がれておるかぎり、そなたの財布は、そなたのものにはならぬ。品の良し悪しでなく、鎖の都合で開く財布は、もう、そなたの財布ではない。他人が握る鎖で開く、囲われた財布よ。他人の仕掛けで銭を出す型は、じつは「今だけ」「限定」の刻限に急かされる者と、根がひとつじゃ。それは「今だけ」「限定」に急かされ、要らぬ物を買うそなたへで、みっちり袖を引いた。あわせて聞け。」

見覚えはないか――「使うため」に、また買わされる堂々巡り

鎖の恐ろしさは、これだけでは終わらぬ。苦労して貯めたポイントを、今度は「使うため」に、また要らぬ物を買わされる――この、終わりなき堂々巡りに、そなたは、はまってはおらぬか。

「ポイントが、もうすぐ期限切れじゃ」「せっかく貯めたのだから、使わねば損」。――そう思うて、そなたは、ポイントを消すためだけに、さして欲しくもない品を、また掴む。見覚えは、ないか。よう見よ。これは、実に巧妙な、二重の罠よ。ポイントを餌に、要らぬ物を買わせ、そのポイントを餌に、また要らぬ物を買わせる。そなたは、得をしておるつもりで、店の掌の上を、ぐるぐると、回らされておるだけじゃ。ポイントに、わざわざ「期限」がついておるのは、まさに、この「使うために、また来させる」ためよ。あれは、そなたへの親切な報せではない。鎖を、もう一度、締め直すための号令じゃ。

だから、心得よ。期限が切れて消えるポイントなど、惜しむに値せぬ。それは、もともと「おまけ」が、おまけのまま消えただけのこと。そなたの懐から、一文も減ってはおらぬ。「使わねば損」と、要らぬ物を掴むほうが、よほど大きな、まことの損じゃ。期限に追われて要らぬ物を掴むくらいなら、そのポイントは、潔く、消えるにまかせよ。おまけを惜しんで、本体で損をする――その愚を、二度と繰り返すな。作られた「期限」に踊らされる者ほど、いつも、使わぬ品に囲まれて暮らすことになる。」

そなたが数え忘れておるのは、“やらなんだ得”よ

ここで、そなたの算盤に、一つ、抜け落ちておる玉があることを、教えてやろう。そなたは、ポイントで得た「百円」は、しっかり数える。じゃが、その裏で、もっと大きな“得”を、みすみす取り逃しておることには、気づいておらぬ。それが、“やらなんだ得”――本来なら手にできたはずの、大きなほうの得じゃ。

たとえば、こうよ。「あと千円で二十倍」に釣られて、要らぬ品に千円を使う。そなたの算盤には、「二百円、得した」と映る。じゃが、その千円を、もし使わずに残しておったら――それは、まことに欲しかった一品への元手になったかもしれぬ。あるいは、そのまま懐で、そなたを守る備えになったかもしれぬ。目先の二百円を拾うために、そなたは、その千円が生んだはずの、もっと大きな実りを、丸ごと捨てておる。これを、数え忘れておるのじゃ。ポイントの“得”は、目に見える。じゃが、そのために手放した“やらなんだ得”は、目に見えぬ。見えぬがゆえに、そなたの算盤には、決して載らぬ。

まことに賢い者の算盤には、この「見えぬ玉」が、ちゃんと載っておる。「この二百円のために、わしは、いくらの“もっと大きな得”を手放すのか」と。この問いを持てば、たいていの「お得」は、色あせて見える。数百円のポイントのために、要らぬ物へ千円を注ぐ――それは、拾うた小銭に気を取られて、足元の小判を踏み越えていく者の姿よ。金運の巡りは、古来「目先の小銭でなく、大きな流れを見て銭を用いる者の背を押す」と語り継がれておる。撒かれた餌ばかりを拾い歩く者の手からは、その大きな流れが、静かにこぼれていくのじゃ。」

「還元率」の数字に、頭を明け渡すな

もう一つ、そなたが釣られやすい仕掛けを、暴いておく。それは、「二十倍」「五十%還元」といった、あの“数字”そのものが持つ、魔力じゃ。

人は、大きな数字を見せられると、頭が、勝手に「お得だ」と早合点する。「二十倍」――おお、すごい。「五十%オフ」――これは買わねば。そうやって、数字の大きさに目を奪われ、「で、それは、いくらの得なのか」「そもそも、この品は要るのか」という、肝心の算盤を、弾き忘れる。「二十倍」と言うても、もとが一パーセントなら、二十倍でも、たかだか二割。五千円使うて、百円よ。数字だけを見れば、大きく聞こえる。じゃが、額に直せば、これしきのもの。売る者は、そなたが“額”でなく“倍率”に目を奪われることを、知り尽くして、あの数字を、大きく、赤く、掲げておるのじゃ。

だから、数字を見たら、頭を明け渡す前に、こう問い返せ。「その倍率は、額に直して、いくらじゃ。そして、その額のために、わしは、いくら使わされるのじゃ」と。倍率を、額に翻訳する。この一手だけで、あの魔力は、ほとんど消える。「二十倍」の眩しさの裏に、「百円のために千円」という、しみったれた真実が、はっきり見えてくる。数字に踊らされる者は、いつも、大きな倍率の陰で、小さな得と、大きな出費を、掴まされておるのよ。」

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買うか買わぬかは、まず「ポイント抜き」で決めよ

では、この餌と鎖から、どう身を守るか。作法は、たった一つでよい。それを、しかと授けておく。――買うか買わぬかを、まず「ポイント抜き」で、先に決めよ。

ポイントのことも、還元のことも、倍率のことも、いったん、頭から、きれいさっぱり追い出す。そのうえで、品そのものだけを見て、「これは、そもそも、わしに要るのか」だけを、先に決める。「要る」と決まってから、はじめて――そこで、ようやく――「おお、ついでに、ポイントも付くのだな」と、おまけとして、そっと受け取る。順番を、断じて、履き違えるな。「ポイントが付くから、買う」――これは、尻尾が犬を振り回しておる、あべこべの所業じゃ。「要るから、買う。ついでに、ポイントも付いた」――これが、正しい順よ。この順さえ守れば、ポイントに、そなたの判断を乗っ取られることは、二度とない。おまけを、主役の座に、座らせるな。

そして、「あと千円で」の誘いには、けっして乗るな。あれは、そなたに、よけいな一品を足させるための、いちばん典型的な餌よ。この文句を見たら、「ふん、また足させようとしておるな」と鼻で笑い、今、かごにある“要る物”だけで、潔く会計を済ませよ。「あと少し」で足した一品ほど、後になって「なぜ買うたのか」と首をかしげる品は、ないのじゃ。餌を見抜ける者の「買う」には、本物の重みが宿る。ポイントに釣られて掴む十の品より、要ると見極めて選ぶ一つの品。――「お得」に動じぬ者こそ、じつは、いちばん賢く、いちばん楽しく、買い物のできる者なのよ。」

わしの覚え書き――算盤の裏に、三つ刻んでおけ

今日の話は、これで大方、終いじゃ。じゃが、読んで頷いて終わりでは、次の「還元」で、そなたはまた手を伸ばしてしまう。後で立ち返れるよう、わしの言葉を、三つだけ、短く括って渡しておく。財布の内側か、そなたの算盤の裏にでも、書き写しておけ。

一、「お得」は施しでなく、店の算盤の上で、より多く使わせるために撒かれた餌じゃ。――ポイントは、そなたを店に縛る鎖と心得よ。
二、目先の“得”を数えるとき、“やらなんだ得”も、必ず数えよ。――百円を拾うために、千円が生む大きな実りを、踏み越えるな。
三、買うか買わぬかは、まず「ポイント抜き」で決めよ。――要ると決まってから、はじめて、おまけとして受け取れ。順を、履き違えるな。

この三つを、「二十倍」「還元」の文字を見るたび思い出せる者は、二度と、餌に釣られて銭を散らさぬ。倍率の眩しさに目を奪われず、静かに算盤を弾ける者のところにこそ、良い巡りは、落ち着いて訪れる。――覚えておけ。」

自分が“何倍”の声に、いちばん弱いかを知っておけ

覚え書きを刻んだら、最後に、こう省みよ。「なぜ、わしは、あの手の言葉に、いつも乗せられるのか」と。人が「お得」に負ける急所は、みな違う。「もったいない」の一言に、めっぽう弱い者。「限定」「今だけ」と重なると、抗えぬ者。「〇倍」という数字を見ると、つい計算して、乗せられていく者――急所が違えば、身の守り方も、変わってくる。

金運の社の金運タイプ診断は、そなたが金や買い物と、どう向き合いやすいか、その傾向を映す鏡じゃ。自分の急所を知れば、「だから、わしは、あの場面でいつも手が伸びたのか」と、腑に落ちる。責めるためではない。次に釣られそうになったとき、「ああ、これが、わしの急所じゃ」と見抜き、寸前で踏みとどまるためよ。

そして、給料日の前や、店の売り出しが続く時期には、心がざわつく前に、今日のおみくじを一枚引いて、はやる心を、ひと呼吸、静めるのもよい。占いや吉日は、当てるための道具ではない。「今日は、餌に釣られず、算盤を弾いてから決める」と、その日ひとつ、自分に約束するための杭じゃ。すがるためではなく、流されぬための錨(いかり)に使え。それが、縁起の正しい使い方というものよ。」

結びに――そなたは客か、それとも“歩く財布”か

最後に、この読みものを開いてくれたそなたへ、問いをひとつ残す。この連載の副題にも掲げた、あの一言じゃ。――「その『お得』は、そなたに銭を使わせるために撒かれた餌じゃ」とな。

ポイントに繋がれ、還元に釣られ、倍率に頭を明け渡して、要らぬ物を、次々と買い込む――そのとき、店にとって、そなたは、もはや「客」ではない。撒いた餌に、素直に食いつく、“歩く財布”よ。厳しい言い方じゃ。じゃが、そなたに「客」に戻ってほしいから、あえて言う。客とは、自分の物差しで、要る物を選び、対等に銭を払う者のこと。歩く財布とは、他人の撒いた餌で、勝手に口の開く、袋のこと。――そなたが、算盤を自分の手に取り戻し、「これは要るか、要らぬか」で選べるようになった、その日から、そなたは、歩く財布から、堂々たる「客」へと、戻るのじゃ。

わしは、甘い言葉は言わぬ。じゃが、「お得」の餌に釣られて刻と銭を吸われ、使わぬ品に囲まれて暮らす者を、黙って見過ごしはせぬ。今、そなたの袖を引いておるのは、そのためよ。この視鬼の連載――「今だけ」に急かされる者への「今だけ」「限定」「残りわずか」に急かされ、要らぬ物を買うそなたへ、そして解約を先延ばす者への「解約するのがめんどうで」使わぬサブスクに毎月払い続けるそなたへも、そなたが“歩く財布”から“客”へ戻るための、同じ袖引きじゃ。あわせて読め。逃げたくなったら、いつでも戻ってこい。何度でも、袖を引いてやる。――なお、ここで語ったのは古(いにしえ)からの言い伝えと心の話であって、福の巡りを請け合うものではない。得を取るも見送るも、算盤を弾くその手綱は、いつでもそなた自身の手にあると心得よ。」

※本記事は占い・風水・古くからの言い伝えを、娯楽の範囲でご紹介するものです。記載の内容は効果や結果を保証するものではありません。宝くじ等の当選を保証するものではなく、ゲン担ぎ・縁起としてお楽しみください。暦(吉日)は流派・暦により差が出る場合があるため、実際の日付は最新の暦でご確認ください。健康・体調に関する判断は専門家にご相談ください。一部にプロモーション(PR)を含みます。